携帯電話でメール操作をしている榊を、神楽はぼんやりとみていた。
神楽の部屋に布団をふたつ敷きのべている。神楽も榊も寝間着姿だ。神楽は男物のたっぷりとしたジャージ。なんというか、家にいる時はふつうにジャージだし、学校の授業もジャージだ。いちばん楽だし、なにより身体を締めつけるものは身につけたくない。
一方の榊は、その見事としかいいようのないボディには似つかわしくないねこさん柄のパジャマ。似合ってるとか似合ってないとかいうレベルではない。
(わっかんねー趣味してるよな、あいかわらず)
神楽が榊の存在を認識したのは、高校に入ってからしばらくしてのこと、体育の100メートル走で、自分より速いタイムの女生徒がいることを知った時だった。小学校、中学校を通じて、運動に関して神楽と張り合える女子はいなかった。競争相手は常に男子――それでもそうそう負けることはなかった。
さすがは高校だと思ったのと同時に、たちまち好奇心がわいた。榊とはどんな人間なんだろう、と。
何人かに榊について聞いてみた。みな、口をそろえて答えたのは
「かっこいい」
「すっごくクール」
「近づきがたい雰囲気」
などの評価だった。
何度か見かけた榊の姿は、そのイメージにぴったりだった。
(私に似てる)
そう思った。
実際の神楽はかっこいいというイメージではない。クールというより熱血系だ。近づきがたいどころか、男子女子問わずだれとでもすぐに打ち解けてしまう。
むしろ正反対だったのだが、神楽のなかではシンパシーを感じてしまっていた。
それは、たぶん、神楽が「なりたい姿」を榊に見出したからだろう。
だが、実際に友達づきあいをするようになって、イメージとのギャップを感じるようになった。
たしかにスポーツ万能で、勉強もでき、美人でスタイルも良い、さらには教師にも同級生にも一切媚びることなく超然としている。それはイメージ通りだった。
だが、同時に可愛いものが大好きで、ねこには媚びまくり、ちよにリボンをつけて飾りたてては、ぼうっと見つめている、そんな抜けた一面もあって、むしろそちらが榊のほんとうの姿だとわかってきた。
幻滅はしなかった――もう友達だったから。
ただ、榊のことがわからなくなった。
同時に自分の理想というものもわからなくなった。
(以前の私は榊みたいになりたかった――榊のように、かっこよく――)
でも、実際の榊は、いま、ねこさんパジャマに身を包み、頬を染めながら真剣な面持ちでメールを打っている。かたわらには、マヤーをかたどったらしい不格好なぬいぐるみがある。いつもマヤーと一緒に寝ているので、代わりになるものがないと眠れないというのだ。
そんな榊にも慣れてしまっていて、どうということもない。
とはいえ、気になることはある。
無心にメールを打っている榊に、神楽は話しかけた。
「なあ、榊」
「ん?」
「そのメールの相手ってさあ、どんなヤツ?」
「どんな……」
ちょっと考えている。
「おとな……かな」
「でも、年はひとつかふたつしかかわらないんだろ?」
「うん。それでも」
「もっと、ほかにあるだろ? 背が高いとか、かっこいいとか、すげー車をもってるとか」
「背はこれくらいかな」
榊は自分の目の高さあたりを手で示した。
「でも、やさしい」
言いつつ口元をほころばせた。
神楽はなぜだかおもしろくない。
「マヤーもなついてるんだ。私以外にマヤーが気を許すのは先輩だけなんだ」
それがものすごいことであるように榊は言った。
「この前、先輩がうちに泊まったときも、マヤーと一緒に寝たんだ」
「へー」
神楽は軽く聞き流しかけ、固まった。
「な、と、泊まったぁ!?」
「あ……」
しまった、という顔を榊はした。
神楽と榊のエロって、なんかやらしくないのですよ……ううん……
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