『バーサクテックが怪しいって、皆本くん、きみは正気かネ?』
桐壺のその苦り切った声で、皆本は状況の難しさを改めて感じた。
『皆本クンのことだから、根拠はあるんでしょ?』
そう言ったのは蕾見管理官だ。さっきまで寝起きの不機嫌さ丸出しで、桐壺が何度も土下座しているのが音からも察することができたが、さすがにもう仕事モードに切り替わっている。
皆本は携帯端末を使って桐壺局長・蕾見管理官と電話会議をおこなっていた。蕾見だけならばテレポートで現場にすぐにやってくることも可能なのだが、そうしないでほしいと頼んだのは皆本だった。
理由は、蕾見クラスのエスパーが予定外の行動をすれば、敵にその動きを察知される可能性があるためだ。ESPレイパーズは決して小物のテロ集団ではない。特務エスパーを拉致監禁するなど、B.A.B.E.L.を意識した行動をとっている。当然、B.A.B.E.L.の動きには注視しているはずだ。パンドラの時のように、スパイがいないとも限らない。
それもあって、今回の探索作戦も深夜、こっそりとおこなっているのだ。
「バーサクテックは世界中に兵器を売っています。彼らが欲しているのは市場、つまり、戦争を起こすことです」
『そんな無茶な! バーサクテックは超一流の企業なんだよ、その規模や発言力は国家レベルと言ってもいい。そんな会社があんな――』
「もちろん、明日や一年後や、そんなレベルでのことではないでしょう。でも、十年後に起こることを五年早めることはできるかもしれません。そして、五年早めることによって、戦いの規模や期間は変化するかも――」
皆本の言葉に桐壺も蕾見も黙りこんだ。テレビ電話機能はオフにしているので、彼らの表情はわからない。だが、小声で何か話し合っている気配はする。
『――いま、予知チームに新しい変数を採り入れさせたわ。バーサクテックが関与した場合、どう事態が変化するか。正確な結果を出すには時間がかかるけど、変化量を解析すればだいたいの傾向は出るはず。十分待って』
ややあって蕾見の声がそう言った。予知能力者たちは交代制で24時間、重大事件の予知をおこなっている。
『だが、たとえ彼らがノーマルとエスパーの戦争を望んでいるとしてだ、なぜこんな方法を?』
桐壺の声は震えていた。ナオミや他のエスパーたちが受けている被害を思っているのだろう。
「それは、憎悪こそが、戦いを深刻化させる一番――効率的な方法だからです」
皆本は詰まりながらそう言った。憎しみは戦いを正当化し、時に「正義」にする。「正義」同士が戦った時、そこには勝利も敗北もない。ただただ終わりのない争いのみが残り、それはさらにエスカレートしていく。
愛する者を傷つけられた怒りが産む憎しみ、あるいは、「傷つけられるのではないか」というおびえが産む憎しみ。そういったものがからみあって、ほどけなくなっていく。
いま、「ノーマル」によって、「エスパー」に対する卑劣な攻撃がおこなわれている。おそらく、どこかのタイミングでエスパーによる報復がおこなわれるだろう。それこそが「敵」の狙いだ。互いに互いを傷つけ、憎しみ合うように仕向けようとしているのだ。
皆本は、薫のことを思った。あのまっすぐな少女は、仲間が傷つけられているのを黙って見過ごすことはできないだろう。その暴発が恐ろしい。また、同じようなリスクとして、パンドラの指導者のことを――不本意ながら――考えていた。
兵部京介はこの事件の黒幕ではありえない。だが、復讐者として参加することは充分ありえる。そして、それに薫が同調することも――
それだけは避けなければならない。必死で遠ざけようとしている「あってはならない未来」が一気に実現しかねない。
『結果が出たわ』
蕾見の暗い声が結果をすでに示していた。
速報レベルではあったが、新たな変数の追加による影響は甚大だった。
『このまま行けばエスパーとノーマルの対立は加速度的に激化し、全面戦争リスクが限界に達するまで五年かからない……なんてことだ!』
桐壺が嘆息する。
『皆本クン、わたしを呼び出した理由を聞かせてくれる?』
蕾見の声が皆本の頭のなかに直接響いた。携帯端末をリレーした長距離テレパシーだ。桐壺に聞かれたくないのだろう。皆本も声に出さず、念じることで返答する。皆本はエスパーではないが、現在は端末を通じて蕾見とつながっている状態だから、思考を読み取らせることは容易だ。
『バーサクテックは、終戦時に、旧日本軍の武器開発チームを吸収しています。その中には超能力開発研究も含まれていたと、機密レポートで読んだことがあります。バーサクテックの傘下には対ESP兵器を専門に開発しているマインドシールズ社があり、そこのECMの性能は他社と隔絶しています……今回の事件にもその技術が使われている可能性が高いとぼくは見ています』
『さすがね。でも、わたしや京介はそことは無関係よ。わたしたちの研究はあまりにヤバすぎたの。でも、上の方では、ちょっとはつながっていたのかもね……』
そこで蕾見のテレパシーは切れ、続く言葉を声に出す。
『で、わたしにしてほしいことは?』
「バーサクテック社は事実上の治外法権を持っています。その解除は政府レベルの折衝になります。それを押し通すだけの証拠はありません。ですから……」
『お、おい、皆本クン、それは……』
『はん……かわいい顔して、思い切ったことをやろうっていうのね。わかったわ。外に漏れないようにはやってみる。でも、その交渉はわたし直接じゃないとダメだから、そっちの応援はできないわよ。大丈夫?』
「はい、ザ・チルドレン、ザ・ハウンドによる共同作戦を立案します」
『無傷では勝てないわよ』
「――覚悟はしています」
『お、おいっ、皆本クン、きみたちはいったい何を……モガモガモガ』
桐壺の声がくぐもったのは、蕾見に抱きすくめられたりしているのだろう。
『じゃあ、がんばって』
「はい、管理官」
皆本は通信を切った。ここは信じるしかない。なにしろ、彼が擁するのは世界最強のレベル7のエスパーたちなのだから。
つづく
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