「明くん……大丈夫?」
小鹿の声は震えていた。明は努めて明るくうなずいてみせる。
「ザ・チルドレンがバックアップしてくれているんです。平気ですよ」
「でも、超能力は使えないんでしょ……? だとしたら……」
「いざとなったらおれが戦います」
胸を張る明だが、明の能力は実のところ戦闘向きではない。索敵と指示担当が明で、戦闘は初音に任せていたのだ。
それでも、小鹿は表情をゆるめ、「頼りにしてるわ、明くん」とつぶやく。
二人はバーサクテック社につながる地下坑道を進んでいた。バーサクテック社はかなり特殊な造りになっており、用途不明な地下通路がさまざまな箇所とつながっていた。その大半はよからぬ目的で作られたものだろうが、数年以上放置されているものも少なくなかった。紫穂がその存在を感知し、明がドブネズネに憑依してその詳細を探査、敵が忘れ去っていると思われる廃坑を見つけて、現在移動中だった。もちろん、周囲に光はないため、懐中電灯の光を頼りにしている。(ドブネズミに憑依していた時は嗅覚を頼りに行動することができたのだが)
もちろん、それだけでは不十分なため、今、ザ・チルドレンが別方面からバーサクテック社の警備員を引きつけるべく行動中だ。
だが、E-ECMを持っている相手の前で超能力を使うわけにはいかないため、かなり荒っぽい手を使わなくてはならないらしい。皆本は苦渋に満ちた表情をしていたが、薫たちはおおいに張り切っていた。何をするつもりかはわからないが、ザ・チルドレンが相手の注意を引いているうちに明と小鹿で敵内部に潜入、初音とナオミを救出する作戦だった。
「それにしても、すごい匂いね」
廃坑の床にはたえず汚水が流れ、饐えた匂いが充満していた。たまに足もとを走り抜ける影は、ネズミかゴキブリか。最初は悲鳴を上げ続けていた小鹿も、状況を考えてか声をこえらえるようになっている。
「ここがまともに使われてたら、とても歩いて移動できなかったはず――って紫穂さんが言ってましたよ。かなりやばい研究をしていたらしいです」
「こわいわね……」
ここは日本であって、事実上、日本の法律が及ばない外国だ。バーサクテック社はそれだけの影響力を持っている。警察もむやみに踏み込むことはできない。高度に政治的な判断が必要なのだ。
したがって、現在の明たちの行動も、法的にはかなりグレーだった。もちろん、桐壺や蕾見たちが現在動いているのも、正式な捜査令状を取るためなのだが、それを待っているわけにはいかないのだ。それこそ、「証拠」を消されては元も子もない。
「この先に扉があって、地下研究施設とつながっています。そこまでいければ、初音のESP波を頼りに場所が特定できるはず」
通路の曲がり角で明は言う。
「初音ちゃん、無事よね?」
「あたりまえじゃないですか」
「そうよね……あんないい子にひどいことなんて、しないよね」
小鹿は善良で愛すべき上司だが、ここぞというところでの決断力に難がある。根本的に性善説に立っている人なので、とっさの攻撃の指示などができないのだ。明は、いざとなれば小鹿の命令を無視してでも突撃するつもりでいる。初音を救わねばならないのはもちろんだが、小鹿を守ることも明にとっては大事な任務なのだ。
「もうすぐです。この先は無人のはずですが、念のため、静かに」
「うん」
年上の女性の体温を間近に感じながら、明は歩を進める。行く手に現れた鋼鉄製の扉。取っ手はさびついているが、蝶番がこわれかけているのを確認済みだ。
音をたてすぎないように扉を外し、建物内部への侵入に成功する。そこは放棄された地下研究室の廃墟だった。用途のわからないガラス張りの作業台、棚に並んだ不気味な標本の数々――まるで、マッドサイエンティストの隠れ家のようだ。ガラス瓶の中味に視線をやらないように――見ると後悔すること請け合いだ――明と小鹿は進んでいく。
部屋をいくつか抜けると、ようやく、エアコンディショニングされた空間に出ることができた。暗い廊下が続き、ぽつぽつと常夜灯があるだけだが、ここから先は人がいる区画だ。
「小鹿さん、反応は?」
懐中電灯をオフにして、明が小鹿を振り返る。携帯電話の液晶に照らされて、童顔の小鹿の表情が浮かび上がる。未だにこの人が大学出で、過酷な選抜試験をくぐりぬけたB.A.B.E.L.のエリートであるとは信じられない。よくて高校生、へたをすれば明や初音と同じ中学生にも見えてしまう。
「かすかで、とても不安定だけど……あるわ。初音ちゃん……無事でよかった」
心底嬉しそうに小鹿が表情を崩す。口ではいろいろ言いながら、やはり、最悪の事態について考えていたのだろう。
「方角は?」
明は勢い込んだ。あと少しだ。初音と合流できれば――
つづく
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