「タンカ切って出てきたものの……なあ」
律は歩きながら腕組みをした。頭をひねるがいい知恵は出ない。
「どっかにピカピカで、内装が可愛くて、機材も最新のがそろってて、安く貸してくれる……いや、むしろギャラとかくれるライブハウスないかなあ」
あるわけはないが、ついついつぶやいてしまう律である。
駅前の商店街までさしかかったとき、律の視界に見慣れない看板が飛びこんできた。
五階建てくらいのビルの半地下に階段がつながっていて、看板には「ライブハウス・レンタルスペース ゴールデンフェイク」と出ている。
「こんなとこにライブハウスあったっけ……」
ふだんは通らない道だし、それよりも妙なタイムリーさを感じて、律はその階段を下りていった。どんなライブハウスなのか、どうやらレンタルもやっているらしいので、様子を見たいと思ったのだ。
扉には「準備中」の札がかかっていたが、律はわりとそういうことは気にしない。
カギはかかっておらず、中に入ると、新しい木材とコナの匂いがした。
「おお」
入ったところが受付になっていて、そこから奥がライブ客を入れるスペース、周囲の壁には立ち飲みができるカウンターがあって、螺旋階段の上はVIPコーナーだろうか、ソファなどのあるテラスが張り出していた。
ステージはさほど大きくはないが、大型のPAにウーハなど見るだけで律などはそそられる機材がそろっていた。
「なにこれ、理想的なカンジ」
ライブおたくである律にしてみれば、あんなステージでタイコが叩きまくる自分を想像しただけでよだれが出てしまう――実際にたれていた。
「だれ、きみ。いま、営業中じゃないよ」
奥から店の関係者らしい中年男が出てきた。お腹がぼてっと出ていて、サングラスにひげ面。くたびれたニューヨークヤンキースの帽子にスカジャン、太股パンパンのデニム。業界関係者っぽいといえば聞こえはいいが、あまりまともな社会人には見えない。
律は慌ててよだれを手でぬぐう。
「あっ、スミマセン。表の看板見て……ここ、レンタルできるんですか?」
「ああ、そっちのお客さんか。バンドやってるの?」
「はい! 桜ヶ丘高校の軽音楽部です。あたしは部長の田井中律です」
「高校の部活かあ、いいねえ、そういうの」
男の顔がほころぶ。律は、「お、このオッサンいい人らしいぞ」と思う。
「来週、ここでライブやっていいすか? ギャラ安くしときますよ!」
たたみかけてみた。
「いや、それはムリ」
あっさりと断られた。
もちろん、それでメゲたりする律ではない。
「でも、こんなところにライブハウスって、知らなかったなぁ……」
「まあ、できたばっかりだからね」
律は店内をうろちょろした。とにかく、こういう雰囲気が好きなのだ。
「あたしらもいつかこんなところでガッツリ演奏したいなあー」
「どんなバンドやってるの?」
男は興味を引かれたようだ。ドリンクバーの冷蔵庫からジンジャーエールのペットボトルを出して、「おごりだよ」と言ってくれた。律のなかでのオッサン評価がアップする。
「ガールズバンドっていうかぁ、あたしがドラムで、あとギターとベースとキーボード……みんな同級生の女の子っす」
「へえ」
男の目が細くなった。
「写メとかあんの?」
「ありますよー」
ジンジャーエールのお礼の意味もあり、律は携帯を開いて男に見せてやった。
「このバカッぽい子が唯で、こっちのちょい暗めのが澪、△まゆげが紬です」
「これはこれは……みんなすごく可愛いじゃないか。へぇ……君も入れて四人でねぇ……どんな演奏するかちょっと聴いてみたい気もするな」
男の言葉に、律の中で「お、これはもしかしたら」メーターがはねあがる。
「なんだったら呼びましょうか? いま三人で練習中だと思うんで! なんだったら、ライブもここでやっちゃっても!」
「いやいや、ちょっと言ってみただけだよ……」
男は律の勢いに圧倒されたようにのけぞる。が、ややあって少し口調をかえた。
「待てよ……四人組のガールズバンドか……それも美少女揃い……」
律の制服姿を男の視線が精査する。胸や腰、太股をサングラスごしにチェックする。
ジュースを飲んでいる律はその視線には気づかない。
「田井中ちゃんだっけ……明日、みんなを連れてきてもらっていいかな? 演奏を聴かせてほしい。もしもう
ちのオーナーが気に入ったら、ライブ、組んであげられるかも」
「ほんとっすか!」
目を輝かせる律。やったぜ、澪、唯、紬、一気にあたしらデビューかも!?
もちろん律は、この店が一か月前まで過激なサービスを売り物にする風俗店で、警察の手入れを受けて閉店に追い込まれたものの、同じ経営者が表向きライブハウスとして再建し、その実、夜な夜な怪しいライブショーをおこなっていることなんか知らない。
つづく
「けいおん!」同人誌
* 「けいおん!」目次へ戻る
Information
Trackback:0
Comment:0