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鏑木はソファの上で身体をむずむずさせている少女を観察していた。
(思ったより心を開いてくれているようですね。意外ですが――性行為への抵抗感がない――その行為を通じてしか愛された経験がないためでしょうが――)
鏑木は七瀬まゆについて調べた内容を思い返す。幼少の頃から実の両親とその友人たちから性的虐待を受けていた可能性がある。その両親が事故死したあと、引き取られた先でもやはり性行為を重ねていた節がある。さらには、神村弁護士とも肉体関係を持っていたことを自ら告白した。
彼がこの少女に興味を持ったきっかけは、今年の入学試験の試験官になった時に偶然彼女の面接を担当したことに遡る。その愛らしさと素直さに感心しつつも、その異常なまでの性的吸引力に驚かされた。本人にはまったく自覚がないままに男を、あるいは女を吸い寄せる。
まゆは決して外向的な性格ではなく、むしろ交友関係は狭く、浅い。それは、自分に対して周囲の人間が欲望を持つことを避けようとする本能的な行動なのかもしれなかった。
「授業」の被験体にしたのも、その秘密を探るためだった。
むしろ、授業に参加している学生たちの反応を記録していた。
彼らは真面目で成績も優秀、素行も問題ない善良な学生ばかりだ。秘密も守れる口の堅い者を集めている。その彼らもまゆには性的に強く惹かれている様子がありありだ。
肉体的には未成熟な少女にどうしてここまでの性衝動を覚えるのか。
鏑木はそれを知りたい。
だから、鏑木は切り出してみる。
「七瀬さん。今日、バイトをサボったことについて、怒ってはいませんが、実は困っているのですよ」
「えっ」
「学会発表用のレポートの資料が足りないんです。本来なら今日の実験で得られるはずのデータだったんですから」
さすがにまゆの身体の線が固くなる。
「……ごめんなさい」
「七瀬さんが反省していることもわかっていますし、事情も伺いました。だからそれを責めるつもりはないのですが、助けてはもらいたいのです」
鏑木は優しい声を出した。まゆがぴくんと肩を動かす。
「助ける……?」
真剣な表情だ。まったく真面目な子だと思う。
「いったい、どうすれば」
「かんたんなことですよ。ここで、データを取らせてほしいんですよ」
「ここで……?」
まゆには意味がわかっている。実験をするということの意味が。みるみる顔が赤くなる。
「ええ。前回授業でやったようなことです。ソファに横になるだけの簡単なお仕事ですよ」
「でも……そんな……」
まゆは戸惑い、迷っている。だが、彼女を落とすのは難しくない。「義務感」に訴えればいいのだ。
「いやならば無理強いはしませんが……本来なら、今日の授業で必要なデータがすべてそろうはずだったので、残念です」
「……わかりました」
まゆが答える。
「約束を破ったわたしが悪いんです。ここで、実験してください」
義務には応じなければならない。その結果、自分が損をしたり傷つくとしても――いや、むしろ傷つくことを選ぶ傾向がこの少女にはある。
つづく
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