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双月が出ていた。ふたつあわせてようやく半月に届くかどうか。それでも淡い光が地上まで届いている。
教えられた泉というのは、ちょっとした池のようになっていた。周囲は水草が生い茂り、その草も露に濡れて、光を反射していた。
ちょっと幻想的な場所だった。
サイトは周囲を見まわして、そして、息をのんだ。
泉の中央に、裸の少女がいた。
ほっそりとした少女らしい身体に長い髪。こちらに背を向けているが、ルイズに間違いない。
それにしても――
サイトは、今までルイズの裸を見たことがないわけではない。特に、召還された最初の頃は、ルイズはサイトを男扱いしていなかったから、裸を見られても平気だったのだ。今ではさすがにそんなことはないが――
それにしても――と再び思う。
なんてきれいなんだ。
水浴びをしているルイズは本当に女神さまみたいで、いつも憎まれ口を叩いたり、つっかかってくる生意気な女の子と同一人物だとは思えない。
胸は確かに薄いけど……サイトの好みとは違うけれど……いや、これはこれでとてもいい。
いつまでも、見つめていたい、美しさだった。
だが、つい、サイトは足音をたててしまったらしい。
「だれ!?」
ばしゃっ、と水音がして、ルイズが裸身を水に隠した。
「ごっ、ごめん! 覗くつもりじゃなくて……」
「サイト? あぁ、よかった。他の隊士だったらどうしようかと思った」
ほっとしたようにルイズは言ったが、まだしゃがんだままだ。
「……サイト、後ろ向いてて」
「あっ、ご、ごめん!」
慌ててサイトは後ろを向いた。水音がして、ルイズが岸に上がったようだ。衣擦れの音がする。
「もういいわ」
お許しが出たので、振り返ると、ルイズはローブを羽織っただけの姿だった。ちゃんと水を拭かなかったせいで、素肌が透けて、裸よりもさらにセクシーになってしまっている。
サイトは鼻血が出そうだった。
「一日、移動ばかりで、ほこりまみれになっちゃったから……」
ルイズは恥ずかしげに顔をあからめ、もじもじした。そんな姿がまた可愛い。
「あの……ね、今晩、天幕にお泊まりでしょ?」
「あ……ああ、そうだね」
喉がひりつく。今にもこの可愛い女の子を抱きしめていろんなコトをしたい。
「ほら、今夜はあの邪魔っ気なメイドもいないし、二人っきりじゃない?」
「う……うん、そうだね」
「だから、身体を清めておいた方がいいかな……って」
ルイズは自分で恥ずかしくなったらしく、やん、と言って身をよじった。
サイトはのぼせあがっていた。もう、食べたい、今ここで食べてしまいたい。
「ルイズ!」
サイトはルイズを抱きしめようと両腕を広げて迫った。それをルイズはひらりとかわした。
「ここじゃ……いや。せっかく身体を洗ったのに、泥で汚れちゃうもん」
「え……えええ……でも、なんというか……その」
男の生理がたまりません、と、サイトは前屈みで訴えた。
「それに、サイトのためにいろいろ服を用意したの。思い切って……サイトが好きなの着てあげる」
馬にくくりつけていた大荷物は、どうやら衣装箱だったらしい。その中には、メイド服や短い丈のドレスなど、色々入っていた。
サイトは、コスプレした女の子に興奮する方である。特に、ルイズにはいろいろな服を着せて眺めたいと思っていた。
その夢を、初めての夜にかなえてくれるというのか……!
「ど、どれでもいいの!?」
鼻息が荒くなっている。さしものルイズもわずかに引き気味だが、それなりに覚悟をしてきたのだろう。こくんとうなずいた。
ああ、あのじゃじゃ馬娘が……おれのためにコスプレしてくれる……!
シュヴァリエの称号をもらったときよりも、アンリエッタ女王にじきじきご褒美をもらったときよりも、「達成感」があった。
「じゃ……っ、こ、これっ!」
サイトが選んだそれは、ひときわ露出度の高いセパレーツの水着――しかもネコミミとシッポつきの難易度の高いものだった。胸元と腰を黒い毛皮でわずかに隠すだけで、あとは素肌があらわになっている。
「こ、これ……?」
一応用意してきたものの、それが選ばれるとは思っていなかったようで、ルイズも一瞬固まった。
「ネコミミとシッポつけて、にゃんにゃん、ご主人さま、大好きにゃん……っと言ってくれええええっ!」
激情にかられ、ルイズに詰め寄るサイト。ルイズも受け入れざるを得ないようで、こくんとうなずた。
「や、約束だから……特別に着てあげるんだからね!」
かろうじての強がり。でも、サイトにここまで求められて、ルイズとしても嬉しくないはずがないのだろう。顔が、赤くなっていた。
「じゃっ、じゃあ、おれ、先に天幕で待ってるから……っ!」
サイトは子供のようにスキップを始めた。
「あ、サイト、天幕って、どれ!?」
「隊長用の天幕だから、すぐにわかるよ。龍と星が目印だから!」
もうサイトは天幕に先に戻って、寝床とかいろいろ準備するのに夢中なのだろう。そう言い置いて行ってしまった。
「もぉ……行っちゃった」
少しふくれるルイズだが、これからのことを考えると、やはり緊張してしまう。
初めてだし……うまくできるだろうか?
「あら、これ、サイトの忘れ物?」
ワインの瓶が転がっている。ルイズのために持ってきてくれたのだろう。
「ちょっと……勇気づけに飲んでみようかな?」
サイトがみんなのところに戻ると、すでに大半の隊員は酔いつぶれていた。
マリコルヌとその仲間たちも、天幕で飲み直すと言って引き上げてしまったらしい。
サイトも自分用の天幕に向かった。要所に魔法の力でともした灯りがあるだけで、周囲は真っ暗だ。ただ、天幕の目印はわかりやすいように、光が当てられている。
――龍と星、ではなく龍と月の天幕。
あれ、なんか間違ったかな? でも何を間違ったんだろう、などと考えつつ天幕に入ると――そこにはシエスタがいた。少し、いや、かなり怒り顔で。
「サイトさん、ひどいです。ミス・ヴァリエールが一緒に行くんなら、わたしも当然一緒です! それとも何ですか? わたしだけ仲間はずれにして、ミス・ヴァリエールと何か楽しいことでもしようと?」
他の仕事で見送りに行けなかったシエスタは、後から人から話を聞いて、慌てて追っかけてきたらしい。おそるべき行動力だ。
「いや……別に、仲間はずれとか、そういうことは……」
「だめです。説教します。正座してください」
シエスタに厳しく言われ、正座させられるシュヴァリエ・サイト・ヒラガであった……
つづく
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