2 ルイズ、胸の発育に悩むの巻
「あれ、服、変わったの?」
「ええ、新しいオーナー候補のご希望でね」
夜の部の開店前、ルイズは控え室で妖精のための仕事着に着替えた。ジェシカがサイズをみつくろってくれた。
もともと、白いキャミソール――下着のような薄手の露出度の高い服――が制服だったが、今回の衣装は黒のゴスロリ風で、前掛けのついたスカートだ。裾はかなり短い。
「下着もなんだか……」
支給されたパンティは、ヒモで三角の布をつないだような代物で、前を隠すのがやっと。おしりの山は丸出しだった。
「Tバックっていうのよ。いま、王都ではすごくはやってるの。ヒップラインがきれいに出るのよね」
「でも、おしりがスースーするわ」
これを穿くのにはそうとう勇気が必要だった。以前のルイズなら、「こんな下品なもの、貴族の私がつけるわけないでしょ!」などと怒鳴っていたかもしれない。だが、最近はサイトの趣味のおかげで、比較的、そういうきわどい衣装にも耐性ができている。
(これも成長っていうのかしら……? きっとそうだわ!)
たぶん、単なる「慣れ」なのだろうが、本人が自信を持てばそれはそれでいいのであろう。
夜の部の営業が始まった。
客足はまあまあというところか。開店からほどなく半分近くのテーブルが埋まった。
ルイズもテーブルに酒と料理を運んでいく。がんばって客たちをもてなして、売上アップを勝ち取るのだ。
「おっ、新しい子が入ったのか」
中年二人連れの客のひとりがルイズの顔を見て声をあげた。
「なかなか可愛いじゃないか……だけど」
客たちのぶしつけな視線がルイズの胸元に向けられる。
「胸は小さいな」
「というより、ないな」
ヒクヒクこめかみが震えるルイズだが、耐える。
(わたし、成長したんだから……こんなことくらいで!)
「まあ、いいや、酌してくれや」
「そうだな。名前はなんていうんだ、ねえちゃん?」
「ほほ、ルイズと申します。魅惑の妖精亭へようこそ」
この仕事は一応経験済みだ。口上だけは手慣れたものだ。
ルイズはワインをつぐために客に近づく。
「もっとこっち寄れよ」
「きゃっ」
図々しくルイズの腰を抱き寄せてくる。
さらにどさくさでおしりも触ってくる。
「ほう、尻もちいせえなあ。だが、いい手触りだ」
「どこさわってんのよ!」
割れるワインの瓶。顔面を赤い液体(ワイン)で濡らしてぶっ倒れる酔客。
サイトが見ていたら、きっとこう呟いただろう。
まるで成長していない――
最初の一組は失敗したが、それ以降は無難に給仕をこなしていくことができた。
胸について揶揄されることがなければ――身体をあからさまに触られることがなければ――なんとか爆発を押しとどめられる。
というか、最初にやらかしたので、ほかの客が警戒してルイズにちょっかいを出さなくなった、というのもあるが。
だから当然、売上アップにつながる貢献もできていなかった。
(まずいわ……)
ルイズは状況の悪化を感じていた。
店の女の子たちは以前に比べて大幅にレベルが落ちている。客たちもあまりサービスに期待していないようで、以前のようにチップが飛び交うこともなく、注文もあまり多くない。適度に食事を済ませるとさっさと帰っていく。テーブルの空きも目立ち始めた。
ジェシカはスカロンの看病に戻ってしまったので、この時間帯はルイズが支えるしかない。
『わたしが手伝うんだから、売上は2倍、いいえ、3倍にしてみせるわ!』
そう啖呵もきっていた。なにより、このままでは、サイトとの思い出の場所のひとつである魅惑の妖精亭がなくなってしまう。
(恥ずかしいけど……仕方ないわ!)
ルイズは決意する。
ゴスロリドレスの裾をたくし上げる。
下着が見えるか見えないかギリギリの長さで固定する。
(脚には自信あるんだから……! これなら、きっと)
サイトを先に帰しておいてよかった、とルイズは思う。いくら人助けとはいえ、脚や下着を知らない男たちに見せるなんて。
もとの制服はキャミソールだったのだから下着を見せていることには変わらないのだが、桃色ブロンドの美少女がゴスロリドレスのスカートの裾からチラチラピンク色の布を見せるのは、かなりの破壊力だったらしい。
客たちがざわめき、あちこちからルイズに声がかかる。
――おい、こっちに来て酌してくれ!
――いや、こっちだ! 酒の追加も頼む!
がぜんルイズは忙しくなり、店のあっちこっちを走り回る。そのたびにスカートが揺れて、下着がチラチラする。そして、さらに客がヒートアップする。
(これって、こ、貢献、できてるわ……!)
胸はなくとも、ルイズほどの美貌と美脚があれば、男達なんかイチコロなのだ。ルイズは自信を取りもどし、さらに頑張って仕事に励む。
だが、ひとつルイズは失念していた。
いまはいている下着の形状だ。
おしりはTバックでひも状なのだ。
しかもウェイトレスの仕事はテーブルに向かってかがむことが多い。
(見ろよ、あの子の尻――)
(ああ、真っ白で、なんて綺麗なんだ)
(ちっちゃくて、子供みたいだけど、プリップリだぜ)
(やっべ、ケツの穴、見えそうだ)
店中の客に、ルイズはおしりをさらしていたのだった。
男たちが悶々としはじめる。だが、触ったらどういう目に遭うかは最初の客がすでに証明済みだ。
(だが、もうそろそろ……)
(ああ、ゲームの時間だ)
常連らしい客たちは小声で語り合う。
つづく
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