[金曜日]ドラマ撮影(スペシャルドラマ「美耶姫異聞」)
さて、いよいよ今週の仕事も大詰めだ。ドラマ撮影である。
今日は大御所・南小路欣也との濡れ場がある。
映画、ドラマはむろん、最近はCMでのナレーションでも露出が多い。あの「お父さんネコ」の声といえば誰もがわかるだろう。芸能界の大御所の一人だ。
だが、年齢はもう七十を越えているはずだが、できるのか?
「だから、あんた、スタンバっておいてね」
ディレクターの桃山園にはそう言い渡されている。
濡れ場の代役だ。南小路欣也とおれは年齢も顔もまったく違うが、それでも南小路欣也と同じ衣装とヅラを着けさせられた。おい、これすげー蒸れるんだが。それに、着物の重たいこと。それだけで身動きできないくらいだ。
男優が撮影現場できっちり勃起させ、射精までいくのは、けっこう難しい。
多くのスタッフに囲まれ、ライトが煌々と輝く中で、段取りを間違えずにセックスするというのがいかに難しいことか。AV業界でも、女優のなり手はいくらでもいるが、男優はとても少ないのだ。
ましてや、子役を相手にする場合は、体格の違いや性器のサイズなども考慮に入れなくてはいけない。実際、おれも撮影現場をそれなりに見てきたが、しっかりと最後までできる俳優はほとんどいない。
そのため、挿入シーンの代役が必要になるのだ。
だいたい、ペッティングまでは俳優で撮影する。
美耶子は演技の天才だから、へたくそなペッティングでも、演出家が望むとおりの濡れっぷりを示す。
だが、俳優の方はフニャフニャのままということがままある。たとえ勃起しても、うまくイケないことも多い。逆に、入れたとたんに射精する早漏もいる。イケなくても早すぎても必要なシーンを撮ることができない。
そんなときは代役の出番だ。
子役の業界用語で「スタンドマン」という。「スタントマン」ではない。「勃つ」という言葉を「立つ」に移し替えて、「勃起状態をきちんとコントロールできる代役」のことをそういうのだ。
スタンドマンは芝居の進行を見つつ、きちんと勃起を維持しておき、挿入シーンだけを受け持つ。挿入シーンはたいてい結合部のアップだから、顔が似ていなくても大丈夫なのだ。
きちんと美耶子をイカせて、射精までいけるスタンドマンはそうはいない。おれと桃山園、あと数人というところか。さまざまな役者の代役ができるよう、年齢や体格にはバラつきがあるが、いずれも美耶子と身体の相性がよく、美耶子本人が選んだ男たちだ。中には、美耶子のファンクラブ会員から抜擢された変わり種もいる。
今日の南小路欣也は、年齢は高いががっしりした体格で、身長はおれとほぼ同じ。そういったところからおれにお鉢が回ってきたのだろう。
だが、仕事とはいえ、美耶子と濡れ場撮影となると、ちょっと期待してしまうな。
忘れてもらっては困るが、日本では未成年者とのセックスは禁じられている。相思相愛であってもだ。それに自宅では美耶子は普通の小学生だ。一子ちゃんをはじめ、家人の目もある。
つまり、美耶子とはプライベートではなかなかエッチできないのだ。
それに、撮影などが入ると、肌のコンディションも整えておかないといけない。キスマークなどもってのほかだ。美耶子の身体はもはや日本の芸能界でもトップクラスのコンテンツなのだ。
そう思うと、こう、チンチンがみなぎってくるな。
「今日のスタンドはゆーいち? やたっ」
美耶子も嬉しそうだ。
仕事は仕事と割り切ることができる美耶子だが、最初のうちは知らない男と撮影でからむことにナーバスになったり、泣きべそをかくこともあった。
そんな時はカメラテストと称して、おれは美耶子を抱いた。カメラテストなどといった建前をつかわないといけなかったのは、未成年者とのプライベートでのセックスは犯罪だからだ。
おれは美耶子専用の鎮静剤として珍重されるようになり、スタンドマンの仕組みも整っていったというわけだ。
いまでは、美耶子はおれがスタンドに入るのを心待ちにしている様子がある。
「じゃあ、今日、がんばるね。おじーちゃん相手だけど!」
南小路欣也が現場に入ると空気が一変した。
さすが、数多くの映画、ドラマに出演し、日本映画界の大御所と呼ばれる大物俳優だ。彼の名前が出演者欄に並ぶだけで作品に箔がつく。
ギャラも業界トップクラスらしいが、よくキャスティングできたな。さすがは窪塚プロデューサー。
「それがね、意外にリーズナブルだったらしいわよ、話によるとね」
桃山園が雑談のなかでそんなことを言っていた。
「共演者が美耶子だって聞いたら一発OKだったらしいわ」
なんでも、美耶子と同い年の孫娘がいるらしく、その子が美耶子の大ファンらしいのだ。
その時点では濡れ場があるとは知らなかったようだが――
美耶子は南小路欣也のところにすぐさま挨拶しに行った。このあたりはずいぶん世慣れてきた。
「ほほう、きみが美耶子ちゃんかね。大活躍しているそうだね」
目を細めて美耶子を見つめる視線は、孫を見る祖父のようだ。
「今日はよろしくお願いします、南小路先生」
「はは、先生はよしておくれ。そうだな、おじいちゃまと呼んでくれないか? うちの孫はそう呼ぶんだよ」
「はい――おじいちゃま」
にっこり微笑む美耶子。ほんとうに外面いいな、こいつは。
撮影が始まった。
このドラマのタイトルは「美耶姫異聞・あやかし砦の三悪人」。
ヒロイン・美耶姫は亡国の姫君で、霊能力を操る力を持つ巫女。珠子のキャラがちょっと入っている感じがするが、それは偶然だ。
あらすじは、こんな感じだ。
美耶姫は悪徳大名によって国を滅ぼされるが、忠義心の強い若侍に助け出され、母方の有力大名の領地を目指す。その途中で知り合った盗賊、破戒坊主、賞金稼ぎたちとともに旅をすることになる。悪党たちは美耶姫の影響で改心していく。
一方、若侍と美耶姫は互いに惹かれあうが身分の違いもあり、プラトニックなまま。そうこうするうちに、美耶姫は悪徳大名の手に落ちてしまう。
筋立てとしてはそこから若侍と悪党達による美耶姫奪還作戦につながっていくのだが、今日撮影するのは、その作戦が進む間に、囚われの美耶姫の身に何が起きていたか、だ。
このドラマ最大の見せ場でもある。
大御所・南小路欣也の出演シーンでもあるだけに、現場のピリピリ感はすごい。
「はい、では、美耶子さん入ります」
絢爛な衣装をまとった姿で美耶子がセットに入る。
もう、降りてきている。
美耶子の双子の妹・珠子はガチの霊感体質だが、美耶子にもそういう才能があるのかもしれない。役どころにハマると、子役離れした演技力を見せる。
以前はその状態になるまで時間がかかったが、今ではスタートがかかるとスッと役に入れる。
美耶姫は明るく天真爛漫なところがありつつも、芯が強く、お家再興のために悪徳大名の寵愛を利用しようとするしたたかさも兼ね備えている、という設定だ。いわば、もともと二重人格的なキャラなのだ。
悪徳大名に扮した南小路欣也は寝具の上に座っていた。今週頭のカメラテストでは桃山園が代役をしていたが、まったく比べものにならない存在感だ。オーラが違いすぎる。
美耶子は三つ指をつき、南小路にあいさつする。もう戦国時代の姫君になったかのような所作だ。
「おじいちゃま、よろしくお願いいたします」
「うむ……まさか孫と同い年の女優とからむことになるとはな」
さすがの南小路のキャリアでも、十歳の女優と濡れ場を演じたことはあるまい。
「だが、いい目をしているな、美耶子ちゃん。女優の目だ。わたしも本気でいかせてもらおう」
言うなり、ふっと姿勢がかわる。傲岸で好色な悪徳大名そのものだ。
桃山園が演出の説明をする。
「ここは南小路先生におまかせしますわん。基本好きにやっていただいて、いけるとこまで、どうぞ」
いや、それ丸投げすぎるだろ。
「ふむ? 台本から外れてもいいのかな?」
南小路が確認する。
「もちろんですとも」
大物に弱い桃山園はへいこらしまくりだ。
「じゃあ、流れで最後までやっても平気かな?」
「大丈夫です。美耶子もそれでいいわよね」
「はい……おじいちゃまのしたいように」
美耶子もうなずく。静かだが、もう美耶姫になっている感じがする。
「そうか。では、始めよう」
南小路欣也と宇多方美耶子の濡れ場が――いや、戦いが始まる。
さて撮影開始!
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