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超世紀莫迦 WEBLOG

□ 日記 □

うたかた外伝シリーズ 男優のおしごと! (3)


「はーい、じゃ、美耶子さん、シャワーはいりまーす」
 ADが休憩入りを告げて、メイク係の女性がバスローブを美耶子に着せる。マネージャーらしい男も側に行ってなにかしら声をかけている。あっ、頭をナデナデした。美耶子がネコみたいな笑顔になった。あれが素の宇多方美耶子なのだろうな。
 その時、偶然だろうか、美耶子とおれの目が合った。不思議そうに少し首をかしげる。そうだろう。濡れ場の撮影は部外者立ち入り禁止だ。スタッフも気心の知れた者に限られる。桃山園組は特にそうだと聞く。おれを現場に入れてくれたADは忙しく立ち働いているようで、あいにく近くにはいない。
 美耶子は興味深そうにおれを眺めて、マネージャーとおぼしき男性――かなり若い男だ――に何かささやいた。なんだろう。怒ってはいないようだが。
 もちろん、通行人Aであるおれのような下っ端役者と主演女優の宇多方美耶子に面識や接点があるわけもない。
 美耶子はそれ以上おれには注意を向けず、マネージャー風の男と手をつないでスタジオを出て行った。その後ろ姿だけだと、引率の先生に手を引かれている小学生にしか見えなかった。
 と、肩を叩かれた。
 振り返ると知り合いのADだった。
「どうだった、いっちゃん」
「ああ、どうも……すごい迫力だったな。リハであれかよ」
 正直な感想だった。これまで、このADとは酒の席などで子役の演技論を戦わせたことがあって、その際に『いや、宇多方美耶子は別格だから、すごいから』とこのADは主張していたのだ。それに対しておれはといえば、子役なんて、とせせら笑っていたのだが――
「だろ? いっちゃんならわかってくれると思った。いやー、人によってはさ、子供にAVまがいのことをさせてるだけだろって批判するだけだからな。そのくせ、子役の演技にチンポをギンギンにさせてるんだ。教育関係者とか評論家とかな」
 まあ、AVとやってることが変わらないという意見にはうなずかざるを得ないが、だが、セックスだって重要な芸術のテーマであって、それを扱った小説や映画、演劇には数え切れないほど名作がある。少なくとも、おれは濡れ場を低いものとは見ない。自分も役者として、そういった仕事があれば必死にやってきた。もっとも、子供相手というのは、どうしても親目線になってしまい難しいのだが。
「でも、なんでおれを現場に入れてくれたんだ? 子供相手の濡れ場はできないってことは言ってあるだろ?」
 ADは肩をすくめた。
「さあ? おれだってわからんさ。お姫さまの指名だったからな」
「お姫さま? 指名? いったいなんのことだ?」
 言いつつ、おれは、さっき美耶子と目が合ったことを思いだした。いやいやいや。美耶子が何らかの理由でおれのことを知っていて、現場を見学するように仕向けた――なんてことがあるわけがない。
「なあ、それって――」
「あ、わりい。この後本番の撮影でな。いそがしーんよ。いっちゃん、今日は時間あるだろ? よかったら、本番まで見ていってよ。終わったらメシいこうぜ、おごるから」
 軽いノリでいなされた。正直、食事の誘いは魅力的だ。「通行人A」のギャラなんてお子供の小遣いレベルだ。食うや食わずの生活をしている身としてはタダ飯ほどありがたいものはない。
 まあ、美耶子の演技にはかなり感銘を受けたし、あの男優にしても、間の悪さはあったとしても、少女の肉体への執着といったものはよく出ていた、と思う。脚本レベルでベストかと言われると首をかしげるところはあるが――ヒロインが処女を捧げる相手として単なるロリコン援交おやじでは格が足りなくはないだろうか――と思わなくもない。まあ、だが、それも含めて作品だからな。
 本番の撮影のためにてきぱきとセットが整えられていく。ベッドのシーツは取り替えられ、小道具が設置される。おそらくは美耶子が脱ぎ散らかした、という設定なのだろう、子供ものの服や靴下が配置される。適当にまくのではなく、もちろん、美耶子の行動に照らし合わせて不自然ではないように置かれていくのだ。
 そして、時間が訪れた。
「美耶子さん入りまーす!」
 再び登場だ。シャワーを浴び、おそらくは膣内も洗浄して、全身さっぱりとしたにちがいない。
 今度は本番設定のため、バスローブではなく下着姿だ。子供っぽさを強調するためか、キャラクター入りのショーツにおへそが見える長さのタンクトップ。小学四年生、十歳の少女であることがそれだけで伝わってきて、このシチュエーションが――ラブホテルの一室であることが――ひどく淫靡に感じらっれる。
 また目が合った。美耶子は今度ははっきりと微笑んで――ネコのような素の笑顔ではなく、女優としての抑制のきいた笑顔で――小さく手を振ってくれた。「あ、さっきの人だ、やっほー」みたいな感じか。
 もちろんおれは手を振り返すことなく、ほほえみもせず、部外者ですがスミマセン、の意志をこめて目礼した。美耶子は特に気にしたふうもなく、メイク係に髪や化粧の状態を確認してもらっていた。
 しかし、そこで問題が発生した。
「なんですって!? もうできないぃ?」
 桃山園の声。スタジオ全体に響くような怒声だ。
「いや……できます……できますけど……たぶんもう精液出ないです……」
 消え入りそうな声で答えたのはさっきの男優だ。シャワーを浴びてバスローブ姿だが、リハ前とは打って変わってしょぼしょぼになっている。
 スタジオの隅で、男優を取り囲むように、桃山園、知り合いのAD、そして美耶子のマネージャー風の男が、強めの声で言い合いをしているようだ。
 こういった雰囲気には慣れっこなのか、他のスタッフの動きは変わらない。粛々と撮影準備を続けている。美耶子も椅子に腰かけて、メイクの女性に髪をくしけずってもらっている。平気なものだ。
「あんたねえ、若いんだから、出ないってこたないでしょ?」
 桃山園が男優を責め立てる。
「さっき、ものすごい量でちゃって、キンタマ軽くなった感じして――美耶子ちゃん相手だったら絶対立ちますけど、精液は――」
 男優の声はいかにも自信なさそうだ。
「AD! あんた出演者の射精管理くらいできないの? オナ禁させてたんでしょ」
 桃山園の怒声は今度はADに降りかかった。
「いや、マジで、そう言いましたよ――言ったよね、ねえ」
 しどろもどろなADの声。
「すみません……美耶子ちゃんとの撮影かと思ったら、もうガマンできなくて、昨夜――でも、ほんとなら大丈夫なんです、美耶子ちゃんネタに一日五回くらいオナニーしてもドバドバ出るんで」
 男優の声はさらにしどろもどろだ。
「だったら、やりなさいよ! 第一話の大事なシーンなのよ! 処女喪失なのよ? ちゃんと特効で赤いのが中出し精液に混ざるようにしてるのよ? それがうっすいうっすい水みたいな精液で映えると思ってんの?」
 桃山園の怒りはとどまるところを知らない。
「あーっもういいわ! 代役! 代役! 大学生! あんたやんなさいよ!」
 桃山園に指名されたのは、マネージャー風の男だった。学生だったのか、まだ。
 大学生の声は聞こえなかったが、どうやら、今日は別のスタンドの仕事が入ってて、駄目なようだ。契約社会だからな。スタンドの仕事が入っていたら、勝手な射精はできない。精液の量や質も演出プランのうちだ。いま桃山園がキレているのもそれが理由だ。
「あー、じゃっ、AD! あんたは? あんたも美耶子とは何回もヤッてるでしょ?」
 へえ、そうなのか……意外だな。あのADは美耶子を役者として崇拝している感じだったが――むしろ、濡れ場で絡んだ経験があったからこそあそこまで心服しているのかもしれない。
「いやぁ、こんなことになるとは思わなかったんで……昨日ギャルナンパしてホテルに行っちゃってまして……」
「あんたアホ!? 現場に雑菌持ち込む気!? マジ殺すわよ!」
 桃山園の怒りがヒートアップする。ボカボカ音がするのは持っていたメガホンでADの頭をどついているからだ。
 そういえば聞いたことがある。子役と絡む演技をする役者は厳重な性病チェックや健康診断を義務づけられると。プライベートな性行為にもさまざまな制約が課せられるという話もある。
 子供とセックスすることを仕事にしている連中のほうが、下半身の衛生度や倫理度が高いというのは皮肉なものだ。おれのように女房に逃げられ、女を買うカネもないような底辺の人間より、上等かもしれない――
「もうしかたない! あたしがヤルわ!」
 結論が出たようだ。桃山園総監督自ら出馬か。なにしろ業界で「最もたくさん少女とセックスした男」と呼ばれる男だ。ギネスブックに載るかもしれないという話さえある。
「ももちー、それムリだと思うよー」
 ひまなのかスマホをいじりながら美耶子が声をあげた。
「今日、台本あわせ一緒にしたときに美耶子とシタでしょー。三発目のときはもう、水多めのカルピスみたいだったじゃん」
「そ、そうだったわーっ! 脚本チェックしてたらムラムラして、つい……」
 鈍い音がした、どうやらマネージャー風の大学生とやらが桃山園をグーで殴ったらしい。
 協定違反だとか、撮影をともなわない行為は違法だとか、おれだって我慢してるのに、とかいろいろ聞こえてきたような気がする。
「……と、ともかく、たっぷり出せて、今回の役に見合う男優を手配しなきゃ。今日このシーンを撮らないと放映に間に合わなくなっちゃう!」
「い、今からですか!? さすがにそれは――」
 ADが困り果てた声を出し、それからこっちを見た。たしかにグギギギと首が回ってこっちを見た。
「――なんとかなりそうです!」


「だから、それはできないと言ったろ」
 おれは、手を合わせてくるADから目を背けた。
「そこをなんとか! いっちゃん! いっちゃんさま! なんでも言うこときくから!」
 ADも必死になるのはわかる。役者の管理はADの仕事でもある。テンパリやすい役者の性格を見抜けず、リハーサルでの本番行為を見過ごしたのも彼のミスだ。
 それでも、やはりできないものはできない。宇多方美耶子はおれの娘よりひとつ上だが、たぶん学年は同じだ。娘の同級生と濡れ場を演じることはできない。
「もう帰るよ。誘ってくれたのに、悪いな」
 このADとのつきあいもこれで終わるかもしれない。通行人Aレベルとはいえ、仕事を回してくれる大切な友人だったが。おれの役者人生もいよいよ終わりかもしれない。
 おれはセットに背を向けて、歩きかけた。
 その行く手に、小さな人影がいた。
 腕組みをして、難しい顔をしている――女優――宇多方美耶子だ。
 まるで通せんぼしているようじゃないか。
「おじさま――永瀬のおじさま、お逃げになりますの?」
 挑戦的な物言いだ。
「逃げる? おれが――?」
 反射的にムッとした感情が、つい漏れてしまう。
「そうですわ。おじさまは役者でしょ? オファーがあったら、その役をモノするのが役者ではなくて?」
 ツンとして、それでいて艶やかに、美耶子はおれに言葉を投げつけてきた。
 これはどんなキャラだ? 女王さまキャラ? これも演技なのだろうが――
「悪いが、おれにはロリコンの役なんてできないな。おれにはあんたくらいの娘がいてね――あんたと濡れ場なんてムリだ」
「えっ!? 本当にお父さんですの?」
 美耶子は目を丸くして(ほんとうに驚いているかどうかわかったものじゃないが)おれの顔を見直した。しげしげと、舐めまわすように――
 それから、ふふ、と微笑む。おいおい、ほんとうにお姫さまっぽい、偉そうな笑い方だぞ。これが演技ならたいしたものだ。
「ももちー! ちょっと良いかしら!?」
 少し離れた場所にいる桃山園に美耶子はお姫様モードで声をかける。
「はっ、はいぃ? な、なんでございましょうか、美耶子さま?」
 このモードには桃山園も不慣れなのか、素っ頓狂な声をあげる。ついでに敬語にもなっている。
「台本の読み合わせをしたとき、おじさんのキャラクター、ふたつ案があったでしょう?」
 美耶子はおれから視線を外さず、挑みかかるように言葉を続ける。
「A案がリハでやったやつ――ロリコンおじさんのパターン。正直イマイチだと思ってた……」
 だが、少女大好き男優を起用するなら正解だ。リハで失敗したものの、あの美耶子の肉体への執着は凄味さえあった。
「B案は――美耶子と同い年の女の子がいて――その子と離ればなれになっちゃったお父さん――だったわね?」
 な、んだと?
 おれの視覚がクラっとした。
「そうよぉ、もともとそっちの案で行くつもりでキャスティングしてたけど、間に合わなかったから、第一話の援交おじさんは一話っきりの役にしたのよね。B案だったら、主要キャラでお話にからむから、レギュラーにしてたと思うけど」
 脳天気な桃山園の声。
「B案の援交おじさんはね、離婚しちゃって、可愛がってた娘さんに会えなくなって、やけになったのもあって、美耶子の誘いにのっちゃうんだけど、葛藤があるのよねー、父として、男として。それをぶっちぎって美耶子を抱いて、そこからのめりこんでいくの。難しい役どころよねー。いないわ、正直、そんなのができる役者」
 だから、精液タンクって評判のあんたを起用してやったのにキイイイイイ、とかいう甲高い声と、ぐええええという首を絞められていそうな声が聞こえてきたが、正直そのあたりはもうどうでもよくなっていた。
 どういうことなのだ、これは?
「この役はどう? 演じてみませんか? 永瀬のおじさま?」
 美耶子がおれを見据える。挑んできている――煽ってきている――誘ってきている――子供のくせに。
 おれのポケットで携帯が震える。
「LINEじゃありませんこと?」
 美耶子が言う。電話なら出るつもりはなかったが、LINEだと? 仕事関係は電話かメールにしている。LINEなんてものはおれには似合わない。そう思っていたが、ただ一人だけ、IDを交換した相手がいる。
「香利奈!?」
 離れて暮らす娘――連絡さえできない娘――LINEだけは、「ママにはないしょ」として知らせてくれた――
 スマホを取り出し、画面を確認すると、送信者は――
『美耶子だよー。小学四年生、十歳、処女です(はあと) 優しいパパみたいなおじさま、どうか美耶子と遊んでね(はあと×3)』
 スマホの画面をつきつけるようにして、宇多方美耶子が笑っている。
 おれは、このドラマの脚本に――美耶子が改変したバージョンの脚本に――どうやら巻き込まれてしまったようだ。
 これが、トップ子役、宇多方美耶子か。
 作品の危機を救うために、現場の空気を支配し、さらには脚本のレベルを上げながら、嵌まらない最後のピース(役者)を口説き落とす。
 控えめに言ってバケモンだ。それがたった十歳というんだから、なおさらだ。
 役者魂を揺さぶられずにはいられない。やってやろうじゃないか。
「脚本をくれ。B案ってのを――」
 おれは答えていた。
「あっ、永瀬のおじさま、やってくれる? やたー! 」
 美耶子が表情を崩し、バンザイする。
「うれしー! これで撮影できるー!」
 さっきまでのお姫さまキャラはどこ行った? まったく油断ならないガキだ。
 くるんと回って、美耶子はうやうやしくお辞儀をする。お姫さまキャラが一瞬にして舞い戻る。
「おじさま、それでは素敵な撮影を――演じあいをいたしましょう――まあ、するのはエッチなんですけどね、あはっ」

つづく




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Date:2018/02/25
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